感想みかん

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Spotifyで聴けない音楽は存在が薄くなった。特に90年代の邦楽の一部はどこか遠くへ行ってしまったように感じる

Spotifyを聴きはじめて、音楽に対する聴き方が変わった。
どう変わったかというと、Spotifyにない音楽は聴かないという風になった。 誇張ではなく、ほとんどそうなった。あまりにも手軽であるため、それ以外で聴くことがめんどくさいと思うようになってしまった。 まれに、懐かしいパンクバンドなどの音源を聴きたくなったら、Goodle Play Musicのオンラインに保存してあるのを聞くが、それもまれだ。

僕の中で、Spotifyで聴けない曲やアーティストは、どこかへ遠く行ってしまったような、消えてしまったような感覚がある。実際は他の定額配信サービスで聴けたり、CDもちゃんと売っているので聴こうと思えば聴けるはずなのだが、距離が遠のいた気がする。
Spotifyでアーティスト名を検索して、検索結果に出てこなかったとき、僕はもう聴くことを諦めてしまう。他のアーティストを聴けばいいかと思ってしまう。
そのアーティストでないとダメなんだ、という感覚が薄れているのかもしれない。音楽の聴き方がかわってきたのかもしれない。Spotifyはたくさんのアーティストの音楽を横断的に無限に聴けて、新しいプレイリストもどんどんでてきて、どこまで聴いても全てを聴ききれない。新しい音楽との出会いが連続で起こり、気になったアーティストのアルバムにすぐに手を伸ばせることへの喜びが大きい。こだわりが減ってきたのかもしれない。

Spotifyを聴く中でとても残念なことがある。90年代、00年代の日本の音楽のヒット曲の多くが聴けないことだ。洋楽だとインディーズで自己レーベル発売しているようなバンド以外は9割ぐらい聴けている。当時買うことが出来たCDの量からはみ出した部分の、CDジャケットの絵柄やほんの少しの情報の差で、運悪く聴くことができなかった曲たちも検索すると出てきて山盛り聴ける。でも、この年代の邦楽はあまり出てこない。出てこないとどうするかというと、やはり僕は聴くことをやめる。相当聴きたかったらiTunesでアルバムを探すが、めったにそうならない。

新しい音楽との出会いは素晴らしいものであるが、それは最新の曲に限られたことではなく、昔の知らなかったオールディーズなどの、過去の時代の曲がとても心にしみることも少なくない。若い人たちがSpotifyを始めたとき、90年代の邦楽との出会いは、配信されているアーティストに限られる。スピッツやミスチルやWANDSの音楽に偶然出会うことは、Spotifyでいつも音楽を聴く人には起こらない。PS4のPlaystationMusic(Spotify)で音楽を聴くとき、爆風スランプやT-BOLANやGLAYの曲を聴くことはない。僕がどうにかできる話ではないが、何かもったいない気がしている。どこに行っても流れているのが当たり前だった曲たちが、時代をまたいだらイリオモテヤマネコ並みに出会えない(まあ、街に出ればファミレスなんかでピコピコMIDI音源でかかっていたりはするけども)。もしも当時のヒット曲が全てSpotifyで配信されていたら、僕はプレイリストをいくつか作って、今でも時々懐かしむように聴いていただろう。