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ソシャゲ引退のきっかけになった萎えるシステムとその理由の数々。スマホゲームの未来の展望。

僕が今までプレイしてきたスマホゲームは、数えてないけど100を超えている。どれも一定期間やったのち、引退し、アンインストールしている。
僕はなぜやめてしまうのだろう?
もちろん、単に飽きた、つまらなくなったということもあるが、やめる引き金はなんだったのか。
僕はゲームが好きだし、楽しいゲームをやり続けたいと思っているのに、「ああ、もういいや、クソゲーだからやめる」と思ってしまう理由はなんなのか。好きだったゲームが、やめるときに嫌いなゲームになってしまう原因は何か。

そんなことを考えながら、個々のソシャゲを引退することになったきっかけや、続けることが嫌になったシステムを思い出しながら、理由を嫌だった順にランキング化してみた。それに加え、後半はソシャゲについて思ったことなども書いてみる。

※以下は全て個人的な見解によるものです。それと、誰も最初から最後までは読まないと思いますがこの記事は長いので、目次から好きなところだけ読んでください。個別のソシャゲの引退理由を思い出すまま書き連ねていったところ、この長さになってしまいました。僕はソシャゲを引退したわけでもなく、萎えた理由をピックアップした記事であり、今後はソシャゲを全てプレイしないということではありません。様々なゲームをプレイする中で、多くのスマホゲームに共通している萎え要素を挙げていった記事です。

個人的な引退のきっかけとなった原因ランキング トップ3

第1位 限界突破(限凸ゲー)

限界突破にも様々あるが、最も引退のきっかけになるのは、限界突破で強さが飛躍的に上がるケースで、限界突破に重課金、もしくは異常とも言える素材集め反復作業が課されるケース。
かつて射幸心を煽ることで問題になった、低確率で排出される別々のレアキャラ(もしくはアイテム)を揃えて新たなイベントが発生するようなコンプガチャは違法という見解により法律で規制されたものの、同じ激レアキャラを重ねることで強くなる仕組みは特に何も規制されず、現在でも様々なゲームで合法的に実装されている。
限界突破で、ちょっとレアドロップ運が上がる程度ならプレイ続行するが、飛躍的に強くなるシステムだと、一部の富豪か、時間が有り余っている人しか強くなれないのは少し考えればわかる。これはよく引退のきっかけになる。
ストーリー自体は、ありきたりだけど主人公や仲間があるきっかけで覚醒して強くなるシステムは結構好きなのだが、それにリアルマネーが絡むと現実感が呼び起こされ、目が覚めてしまう。

第2位 同じコースを延々と周回するだけの修行僧化我慢比べイベント

非常によくあるケースだが、単純な周回作業を延々と強いられるケース。これは何も面白くない。むしろ、つらい。
ひたすら同じことを繰り返すだけで、ただ時間を浪費するイベントは面白くもなんともない。素材を集まるためにひたすら同じステージを何時間も繰り返させるなんて、これの何が面白いんだろう?ゲームというのは、面白いからやるものだったのでは?楽しむためにやるのでは?こんなにつらいなら、それはもうゲームではないのではないか?などというような哲学的な問いにまで浮かんでくる。周回が義務のようになり、周回しながら他に同時進行でできる楽しいことはないか探すという謎の思考に陥る。精神修行とも言えるようなあまりにも時間が無駄な周回イベントを見たら引退のチャンスだと思っている。
ゲームがテクニカルだったり、戦略的で、毎回違う思考が求められたり、音楽や映像が毎回楽しめるなら繰り返しも悪くない。でもそういったスマホゲームはリズムゲー以外だとほとんど知らない。ゲームのキャラ絵だけが素晴らしいがゲーム性が面白くないゲームにこの周回要素が実装されていると、時間が有り余っている人とお金が有り余っている人しか続けることができないため、僕は引退する。
そもそも、つまらない我慢比べは現実社会の回避不能な場合だけで充分であり、ゲームの中まで地獄のような繰り返し作業をしたくない。僕はただ楽しみたいのだ。

第3位 対人戦(ランキング戦)

対人システムやランキング戦が実装されているだけで、多くの場合がっかりする。本来は、僕は対人戦も好きな人間である。誰かと競い合うのは基本的には面白い。オセロや将棋が強い人を尊敬している。世界中の人と対戦できる可能性が存分にあるスマホゲームでの対戦は非常に魅力的なはずだ。もしも課金で強さが決まるガチャゲーじゃないのなら、対等な条件での戦いになり面白くなる可能性はあったが、課金額が強さや勝利に直結したりスコアに比例するゲームの場合は面白いと思えない。ゲームによるが、ユーザー同士で課金額の対決をさせようという意図が見えてしまったときは、いちおう全体の感じをプレイしてみたのちにアンインストールしている。
ランキングでポイントを稼ぐタイプも、大嫌いである。本当に疲れる。そして頑張ってもたいして報われない。ランキング上位で手に入るアイテムが必要なレベルの人は、上位入賞アイテムを手に入れることが出来ないという矛盾があることも多い。ランキングイベントは、超課金者以外のプレイヤーは負けるために存在している仕組みなのではないかと思うくらいだ。ランキングやらコロシアムやら、そういったシステムが組み込まれていたら、負け癖が付く前に、ストレスが溜まる前にやめるのが吉だと思ってアプリを消している。

4位以下の引退理由は順不同

ガチャ限定特効キャラやアイテム(特攻)

努力とは無縁の、リアルマネーガチャでのみ手に入るキャラ(又はアイテム)だけが、イベントのボス等に異常に高いダメージを与えられるケース。これは萎える。
特効は特別効果の略で、運営側はたいてい「特効」の文字を使う。ユーザー側はなぜか「特攻」と書く人が多いようだ。言葉としては特効が正しかったはずだが、言葉は変化していくものだから何とも言えない。「特攻」というと玉砕覚悟で突っ込む言葉でカミカゼ特攻隊のイメージが強いが、ソシャゲで特攻というと、イベントに特化した特別な課金キャラや装備などを差す。
特効キャラや特効アイテムの存在自体は、アイデア次第でゲームが面白くなる可能性がある。しかし、それが課金ガチャというリアルマネーのギャンブルでしか手に入らないとなると、一気に冷める。「最適な攻略方法=金」という、絶望的なシステムだ。次のイベントで圧倒的有利な課金特効アイテムが必要だとわかったら、今回は運よくそのアイテムは手にすることができたとしても、今後も同じ展開が予想されるので、やめどきだと思っている。

RPGなのに敵を倒す理由が不明

FPSやハイクオリティなアクションゲームのように、テクニックで相手を倒すゲームは理由などなくても面白いことが多い。パズルゲームもゲーム部分が面白ければずっとやっていられる。そういうゲームは良いゲームだ。でも、RPGなのに敵を倒す理由が不明確だと、強くなる意味がわからなくなってくることがある。一体僕は何のために強くなっているのだろう?目的が明示されないから、何のためのレベル上げなのかもわからなくなってくる。強くなる意味がない。
それに、RPGにおける「敵を無暗にリンチしてる感じ」も時々疑問に思うようになってきた。自分より弱いヤツを見つけて無差別なフルボッコな殺傷を理由もなく繰り返して楽しいと言えるんだろうか。相手がゾンビでやらなきゃやられる状態なまだしも、悪そうなやつなら無条件に剣や斧で刺し殺していいという仕組みにオワコン感を抱くときがある(そういう凶悪な方面を全面に押し出した人気ゲームも存在するが、それはそれでいい)。心を鬼にして敵を倒すには、何かを守るなどの具体的な理由付けが欲しい。画面を無心でタップするだけで相手をボコボコに出来て、自キャラのレベルが上がっていくのだが、肝心な僕の脳のレベルがどんどん下がって行く気がしてならない。

頭を使わないポチポチゲー

これは良いケースと悪いケースがある。非常に疲れているときでもできて楽しい気持ちになるゲームは良いものだ。しかし、それを何時間もやるわけにはいかない。キャラを強くするために、延々と何も面白くないポチポチをさせられていると気づくことがある。そうなったら引退してる。時間だけが過ぎていく中で、「あと〇分苦しいけどがんばろう」などという楽しさと真逆のベクトルの意味不明な思考が起こり始めたら、もうやめどきだ。時間をゴミ箱に捨てているに過ぎない。
ゲーム自体は特に面白くないが、キャラがかわいいなどの理由で、レベルを上げることだけがメインのゲームによくあるケース。

課金額が強さに比例するという夢も希望もファンタジーもない極めて現実的な世界観

これもよくある。ゲーム性が高ければ続けることもあるが、時間を費やしても他のプレイヤーと差が付くと、萎えてやめる。リアルマネーの悩みが付きまとう現実とリンクした世界の中で、どうやったら希望を持てるのだろうか。僕にはわからない。世界観に入り込めない。

ギャンブル性の高いガチャ(確率が低すぎて手を出しにくくなるガチャ)

1パーセントや2パーセント、もしくはそれ以下の確率のレアキャラを厳選しないと容易にクリアできないゲームの場合、手に入らないから最初から続けるのがきつくなる。運よくそういったキャラが手に入れたら今度は逆に強すぎてゲームバランスが崩壊し、面白くなくなるケースもある。
強さに直結しない、遊び要素のガチャならいいんだけど、そのガチャがクリアの難易度に大いに関係してくるケースが多いので、深刻。
確率が低すぎることで燃える人もいるんだと思うけど、3000円やそこいらじゃ当たる可能性がないなと思うと課金するのはもったいなく感じてきて課金を諦める。ちなみに僕は宝くじは買わないタイプだ。
僕はゲームはやりたいがゲーム内でリアルマネーが絡むギャンブルはやりたくない。ギャンブルの要素を完全に取り除いても普通に面白いのが僕のやりたいゲームだ。

属性ダメージが異常に強すぎる(属性ゲー)

特定の属性ダメージ以外の攻撃が全然入らない場合、多くの場合ストレスになる。その属性キャラや武器を、みんなが手に入る仕組みがあるいいが、そうでもないことが多い。それが課金でないと手に入らない場合は引退理由になり得る。課金による属性ダメージが極端な場合、通常の爽快感は失われる。
攻略法としての属性や武器個性ならいいのだが、そこに課金ガチャが絡むと萎えてしまう。
属性カラーは、課金ガチャと相性がいい事もこの問題を深くしている。
ちょっとしたコツでダメージが変わる謎解き要素なら面白いから、さじ加減次第ではある。

属性多すぎ問題

3すくみのジャンケン属性。光と闇の2属性。この5属性ぐらいが無意識にプレイ出来る上限である気がする。それ以上に増えると、一気に覚えにくくなる。それぞれの属性に対応した装備を敵によって揃える必要があるとなれば、もうやる気は随分落ちてしまう。コレクター気質の人以外は続けるのは大変だ。
基本は属性なしの攻撃が存在する方が良い。属性はあくまでもおまけ要素である方が僕は好きだ。5属性あってもいいが、もう飽きた感もある。
ボスに何らかの弱点を持たすのは面白いんだけど、属性多すぎは覚えられない。

ぼっちが不利なミッション山盛り

リアルフレンド用に石や招待ボーナス(最近はなくなったが)があるゲームは萎える。仮想フレンドをサブ垢をつくり回す人もいるらしいが、そこまでやる必要もない。ゲーマーは孤独な人も多いのに、それを理解していないのが残念。

二重ガチャ(キャラと武器ガチャが別、又は闇鍋ミックスガチャ)

これはベスト3に入れてもよかった。ただでさえガチャゲーに飽きてきているのに、ガチャが2重であるゲーム、もしくはキャラと武器が混ざって排出されるゲームは、数倍きつい。職種別の武器が混ざって排出されたり、武器防具がミックスしているガチャも同様で、このゲームは長くは続かないんだろうな、と思ってしまう。両方いい感じに揃えるには、超課金するか超幸運かのどちらかになる。こういうミックスされたガチャや2重のガチャがあったらだいたい即アンインストールしてる。続けても、途中でつらくなるのは予想できる。ミックスガチャを実装して失敗し、出だしから急速に過疎ってしまうタイトルが良くあるのにもかかわらず、新しくリリースされるゲームでもしょっぱなから同じ轍に突っ込んで行き、案の定過疎るケースをたまに見る。ガチャが違う形だったらみんなやめなかったのに、と思うことも良くある。

ガチャのレア度でキャラの育成という楽しさが大きく阻害されている

テクニックが関係ないゲームの中で最も面白い要素のひとつは「レベル上げ(育成要素)」だが、強さの上限がレア度次第であるケースが多い。星5などのレア度は、リアルマネーにかかわることが多く、僕はこういった概念自体が嫌いになってきた。そしてレア度によって、強さが大きく変わる。レベル上げの楽しみは、リアルマネーによって上限が設けられている。課金金額で強さ制限がある状態はつらいので、そこは見切って引退する。

連続で10連ガチャをすると数回目で高レアが確定で手に入るような段階的なガチャ

ときどきある。連続で10連ガチャをやると、5連続目ぐらいに最高レアが貰えるというようなガチャ。結局50回ぐらい引くことになる。冷静に考えると、それだけで1万円を超える金額が発生することが多い。この手のガチャは見た瞬間に萎える。そもそも、家庭用ゲームとスマホゲームのクオリティを比較すれば、10連3000円のみを払うとしても高額であると感じる(僕の課金基準金額については後述)。
強さが課金額に比例していると、手に入れなければクリアできないかもしれないという焦りが出てくる。強さが約束されたキャラを課金で手に入れたくなる。しかし、そういったリアルマネーキャラや装備が必要なゲームは面白さ以前の、経済状態に左右されるものだから、安心してプレイし続けることが出来なくて辛くなる。今後が不安になるのは現実だけで十分だ。

雑魚敵キャラが強くなりすぎて、やるのがだるくなる

爽快感をうたっているアクションゲームや、長めのRPGでありがちなのが、ゲーム後半の雑魚敵の異様な強さ。乗り越えるには我慢と忍耐が必要である。RPGだとこれが原因で終盤やラスボス手前で急速に飽きることもある。
スマホだと長くやってもらう必要がある上に、幸運の持ち主以外はストーリー途中で詰まって課金ガチャをしないとスムーズに進めないように作られているケースがあるから、序盤の疾走感を持ったままエンディングまで一直線でクリアできるゲームはほとんどない。簡単にクリアさせたくないという思惑が、ときに強力すぎる刃となりプレイヤーを引退に追い込む。
また、突如登場するイベントボス(レイドボス)が異常に強い場合も、完璧主義な人の心を折るので萎えるきっかけになる。強さの基準が超課金者に合っているため、多くの人が挫折する。僕は、なにもゲームの中でまで度重なる挫折を味わう必要はないじゃないか、と思っているので、きついとやめる。

フレンドを作らせて、やめにくくさせる仕組み

ぼっちで始めたはずなのに、イベントクリアのためにコミュニケーションを取り始め、気づけばクランやギルドに入り、強いフレンドにお世話になっていることがある。お互いがいないとクリアしにくくなったりする。これは非常にやめにくいケースだ。しかしそれゆえに強さを周りに合わせる必要があったり、使いたくないキャラを固定する必要が出来てしまったり、プレイを強要されたりするケースもあり、萎える要素でもある。プレイスタイルを強要してくるのはそもそも仲間でも何でもないんだけど。イベントで時間が決められていたりすると生活に支障が出るケースもある。ちなみに僕は戦いの開始アラートの音がトラウマになったこともある。
フレンド機能は、ゲームを拡散させる仕組みと同時にやめにくくさせる仕組みでもある。ゲーム内で仲良くなっても、そこでサヨナラすると、もう二度とその人と会うことはないかもしれないからだ。あまりにコミュニケーションが必要なゲームは、「俺もうやめる。引退します。今までありがとう。さよなら、またどこかで」などと言い出しにくい。仲間がさっぱりした性格の人や、しっかりした大人(?)ならあと腐れなく終われるが、そうなるとも限らない。課金で強さを買うゲームだと、責任感に苛まれることもあった。
僕はゲームによるが、今は基本的に野良(連携が必要なゲームも個人で参加)でソロプレイすることが多い。それでも自然と仲良くなるパターンもあるから難しいところ。もしも本当に友達ができるのなら、こういう仕組みもアリなのかもしれないが、僕はそういった経験をしたことがない。

また、助っ人システムという、フレンドを戦闘に連れて行くシステムがあるが、これも課金が絡むと面白くない。フレンドを連れて行けるシステムでありがちなのが、助っ人フレンドの存在が強すぎて助っ人頼みになってしまい、フレへの依存度が上がり、せっかく自分で育てたキャラが弱く見えてしまう。これも一つの萎える原因だ。相当課金したと思われる助っ人が、自分の育てたキャラで大苦戦した敵をあっという間に倒したとき、何なんだこのゲームは、と思ってしまう。

強キャラ別売りグッズのおまけ特典

強いキャラや装備が、攻略本や画集に付いているとがっかりする。ゲームはゲームの中で収まってほしい。ドラクエ11みたいな、序盤にだけ少し役立つ程度のおまけならいいと思うけど。それかアバターなら全然許せる。一度Apple社の規約により絶滅したかに見えた、おまけ今日キャラ付録システムだが、最近また少し形を変えて不死鳥のように復活してきたシステム。
いっそのこと、「kingdom rush」シリーズのように追加でヒーローを売ってしまう方が潔い。

Kingdom Rush - Kingdom Rush Frontiers - Kingdom Rush Origins

リセマラが必要なゲーム

リセットマラソン、通称リセマラという言葉がある。リセマラとは、最初のガチャでいいのが引けなければ、ゲームをアンインストール、再インストールして初めからやり直すことを何度も繰り返すこと。この作業を1日費やすほどの時間をかけてすると、ガチャから出にくい強キャラを持った状態からスタートできる。
しかし、そもそも、このゲームはリセマラが必要だと思ってしまう時点で何かがおかしいことに気づく。そんなことをしなければ強くなれないゲームを、今から僕はやろうとしているのだろうか。これは強さが課金額に比例するゲームでしか起こりえない。リセマラをすれば、最初のうちは強くて気持ちいい思いができるに違いないが、やがて強さがインフレしていくのは目に見えていて、苦い思いと共に面白くなくなってくるのは想像に難くない。最近ではリセマラをやるのが前提かと思われるような課金石を大量に持った状態でスタートするゲームもあるが、これはリセマラで強キャラを数体持った程度では今後苦しくなる仕組みが構築されているからできるのであって、スタートから先が思いやられる。そういった理由で、リセマラをやろうと思った時点で、引退のタイミングを見据えている。

課金キャラ(課金アイテム)の大幅な弱体化(ナーフ)

強いキャラやアイテムが課金ガチャの中に登場し、多くの人がそれ狙いでガチャを回した後、やっぱり強すぎたので強さの下方修正しますというパターン。これは毎度萎える。強さが課金と関係ないゲームなら、バランス調整してゲームがより面白くなると信じればいい話だが、課金ガチャの場合は損害が出る。もちろん作る人も人間なので、自分たちで作ったシステムであるにもかかわらず完全に把握しきれず、偶然が重なるような形で悲劇が起こってしまうようなこともあるだろう。しかしユーザー側の視点からすると、そのキャラやアイテムに大金が注がれた後で弱くすることは、極端に言ってしまえば詐欺をされたように見えるのだ。
そして、弱体化が起こっても、課金したお金は通常であれば戻ってこない。かつて、ガチャ画面に優良誤認するような表示があったことを運営側が認め、ある日まで遡って全員に全額返金した例は過去に一度だけ見たことがあるが、それは表記の問題であった。別のゲームでは該当キャラが意図したガチャから排出されなかったことが発覚し、全ユーザーのロールバック(データをある日付まで巻き戻し)して返金したケースも見たことがあるが、それはガチャ根幹の不具合なので弱体化とは違う。弱体化に関して返金した例は僕は知らない。多分、ゲーム開始時に読む(読まない)利用規約にそれに関連することが記載されているのだろう。大抵の場合は使った石の変換だけなのでお金は返ってこない。怒ったユーザーがAppleやGoogleに個別に返金申請するようなケースも何度か見てきた。

僕の場合は今はソシャゲに使うお金の上限を決めてあるし、大した金額ではないからまたかと思うだけだが、それでも続けるのが嫌になることもある。それは、弱体化が驚くほど極端な場合である。被害を最小限に食い止めるために急いで修正するためにテストが不十分な状態で改変してしまうからなのかはわからないが、ソシャゲの弱体化は最強とも言える状態からクソ弱いと言える状態まで一気に落とすことがある。その落差が火に油を注ぐ結果にもなる。もう少しギリギリのラインを攻めて性能を落として欲しかったのだが、どうしてこうなった、というケースもある。ゲームを続けたい気持ちはあるので、より良い形を模索する上でそのキャラやアイテムをゴミ化せざるを得なくなったのだと信じるが、失われた爽快感を取り戻すのには時間がかかるし、強キャラをゲットする幸運はもう自分には訪れないかもしれないという思考が、アプリ長押しからのアンインストールへの道を進ませる。

確率表記していないゲーム

確率表記していないゲームは、こわい。ガチャによって確率を変えることも出来るから、だんだん絞ることも可能。確率が変化したとしてもわからない。確率アップ!と書かれていても元々の確率がわからないのではっきり言って意味不明である。アバターならいいけど、強さに直結する部分の課金に関する確率が不明のゲームは恐ろしいので、無暗に手を出さないのが吉だと思っている。

星6以上あるゲーム

中国・台湾・韓国で開発されたゲームに多いが、レア度が最初からエスカレートしていて、星6、星7などのレアが存在すると、もう面倒くさいので、あまりにもハイレアがあったら消す。

10連ガチャが余りにもひどい結果で、無料石が底をつく

ガチャゲーを引退するきっかけとしてはこれが一番やめやすい。石がないということは、もう強いキャラが手に入ることはないだろうと思えるし、石をためるのに1か月ぐらいかかると思ったら、もういいやと思えるからやめる。10連でゴミ山盛りのガチャに3000円を払うことはただのギャンブルでしかない。石の枯渇はやめどきだ。それを知っている運営側は、石を頻繁に配ったりすることもあるが、石を頻繁に配れる理由は、配った程度の石ではガチャでキャラや装備が容易には揃わない確率であるからに他ならない。つまり、やたら石を配ったり10連無料で回せることの裏を返せば、それだけでは望む強さになることは難しいことを意味している。極論を言えば、石を配るのが良い運営ではなく、強くなるのに石など必要ないゲームを作るのが良い運営なのである。限界突破を含めて、最強レベルに仕上げることに莫大な金額が必要なこともある(最強が青天井であることもある)。課金が絡む強さのゴールに終わりが見えないゲームを、僕は続けられない。

ソシャゲにはエンディングがないケースがある(出口がない世界)

ここまで、さまざまな萎えるシステムを書いたが、それらは自分が勝手に萎えただけだ。明確なゲームの出口があるわけではない。
ソシャゲには入り口はたくさん用意されている。広告や、ゲーム雑誌や、SNSなどで見つけたゲームを、楽しそうだと思って始める。でも、出口は用意されていない。出口はどこにあるのだろう?いったいどこまで進めればいいのだろう?もしかすると、そこは入り口があって出口のない迷宮かもしれない。RPGなのに、そもそもラスボスすらいないケースもあり、何のために強くするんだろう?と疑問に思うこともある。強くなる目的がわからないことがある。エンディングへの道標や戦うための動機付けはゲームの仕組みとして非常に大事な要素だ。
出口が用意されていないならどうしたらいいかというと、自分で出口を作るしかない。やめるタイミングは、自分で決めることが大事だ。

「Pay To Win」という概念。勝つために金を払う世界

Pay To Win (P2W、ペイトゥウィン)という言葉がある。日本のスマホゲームを判断する上で重要な概念だ。簡単に言うと、お金を多く払った人が勝つゲームだ。概念だけ聞くと、そんなゲームは何も面白くない。しかし、日本、韓国、中国産のソシャゲはP2Wである場合が多いように思う。確かに、無課金でもある程度楽しめるが、勝てないイベントが組み込まれてくる。全てで勝利するためには、膨大な時間を費やすか、やはり多額のPayをしなければならないことがある。
自分のプレイするゲームが、P2Wなのかどうかを、最初のうちに判断しておくことがとても大事だ。僕が萎える原因で最大の元凶が、このP2Wだ。上記に挙げた引退理由のほとんども、P2Wが密接に絡んでいる。P2W型の課金ガチャが別の形になれば、より多くの人が楽しめるようになる。
P2W型のゲームは近年盛り上がりを見せているeスポーツの分野においても盛り上がるのは難しい。大抵富豪が勝つゲームを見てても面白くないのは明白で、あまりお金を注ぎ込めない層から理解は得られない。eスポーツは、全員同じ地平に立った状態からテクニックのみによる無双プレイに対して尊敬を抱くから盛り上がるのだと思っている。

参考:

Pay to Winとは (ペイトゥウィンとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

アプリの消し方。ゲーム全消しスッキリ法

ゲームを何個もインストールしていると、似たようなゲームをローテーションで回すようになってくる。一つを消しても他のソシャゲがあり、他のソシャゲをやっているうちに新しいソシャゲが出てインストールしている。3、4個のゲームを常にインストールした状態で、この循環にハマると、時間がゲームで全て消える。
他のジャンルでやらなきゃいけないことや、挑戦してみたいことがあるときでも、ゲームで全ての時間が消えてしまう。これはもったいないし、危険を感じる。
そんなとき僕は、全消しする。きっかけは、今プレイ中のゲームでお気に入りのゲームに心底愛想が尽きたとき。こんなことやっててもしょうがないな、と思ったとき。他のゲームと一緒に、全て消す。スマホのゲームは、消しやすいというメリットがある。iPhoneなら長押しして×を押すだけでサヨウナラだ。僕はこんなことしててもしょうがないというような気持ちの谷間ができたら、まとめてアンインストールしている。大抵はレア度の高いキャラを所有しているが、そんなのは関係ない。もう全て消す。少し時間が経った後で、世間からはまだそのゲームの人気が消えておらず、消さなきゃよかったかな、と思うこともなくはないが、それまで時にはストレスをためるほど頑張ってやった結果のアンインストールだからもう戻ることはない。それはもう過去だ。カムバックキャンペーンなどやっていてもどうでもいい。

ギャンブル要素とゲームの中身を分けて考える。

そういうわけで、大抵のゲームはスタートだけすごく頑張るけど、飽きてやめている。ガチャが面白いこともあるけど、それはギャンブルの面白さだから、ゲームの面白さと分ける必要がある。ギャンブルの部分を取り除いて残った部分、ゲームのメインの部分は本当に面白いのかどうかを冷静に判断する。ガチャの何が出るかわからないギャンブル的要素は面白かったが、肝心なゲーム部分がつまらなかったなんてことは、冷静になってみると結構ある。

アンインストール後のぽっかり空いた穴と、消えた時間と、家族

どっぷりはまったゲームをアンインストールしたら、ぽっかり穴が開いたような気持ちになる。何をしたらいいのかわからない。それは、悪いことではない。穴は、今までゲームで埋めていた時間であり、多くが無駄にしていた時間だった。その時間は、別の好きなことに使える。

ゲームをやめると、ふと家族が身近に感じたりする。ゲームをしているときは周りのことが全く見えなくなっていた、ということもある。ゲームに夢中になりすぎた結果、自分ではそんなに時間は過ぎていない気がしているのに年単位で時間が恐ろしいスピードで経過していて、年齢だけが上乗せされていたなんてことも、冗談抜きである。そして失われる時間は、老後の余生のような時間ではなく、若く可能性に溢れた時間であるケースが多い。失った時間は戻らない。僕が実際に体感したケースでは、実に5年があっという間にすぎていた。ゲームをし続けた5年間で確実に得たものと言えば、鏡を見るたびに濃く映る、目の下にくっきりついたクマだけだった。ゲームは時に恐ろしいほどの中毒性を発揮する。頭から簡単に離れてはくれない。そりゃあそうだ、頭のいい大人たちが何人も集まってありったけの知恵を絞って、快楽のポイントを凝縮しながらやめられないほど面白いゲームを次々と作り出しているのだから無理もない。

楽しければ、いいじゃないか。それで良かったじゃないか。どうせ人生など泡沫で、振り返ればあっという間になのだから。そう思うかもしれない。でも僕はゲームにハマった時間を振り返ると、それで良かったんだろうかと疑問に思う。自分の人生のゲームに費やした時間を他のことに使っていれば、と思う気持ちは大きい。
僕はゲームを悪者にしようとしているわけではなく、ゲーム自体は素晴らしく人生を彩るものであると思っているが、度が過ぎてハマりすぎると自分では制御不能に陥る場合もあったということだ。僕の場合はゲームが好きだし、なんだかんだ言って一つのゲームをやめても、しばらくするとまた別のゲームを始めてしまうから、いいんだか悪いんだかという感じだけど、一つのゲームに生活費をつぎ込むようなことはもうしない。

ソシャゲの課金額の目安はどう考えるべきか

ゲームへの課金額は、その人の収入で決まるから、全員に当てはまる正解は存在しない。一人一人のゲームにかけられる金額は違う。だから見ず知らずのフレンドを基準にして課金するのは危険だ。
今の10代の人なんかはゲームにかけるお金の基準がないのかもしれないけど、僕は過去のゲームの経験から、ソフト1本いくら、という時代だったから、ある程度の基準が自分の中にある(その割には暴走して課金してしまったこともあったけど)。
目安がわからなくなったら、プレステ、Switch、3DSのソフトの値段を基準にしている。基本無料ということは、自分で価値を決められるということであり、それをプラスに考えていきたい。

スマホゲーならクオリティから言って、
面白かったら、2000円。
超面白かったら、5000円。
PS4のゲームクラスにクオリティが高ければ8000円(ありえないけど)。
つまんないけどこの会社が好きだから、応援の意味で500円。

そんな風に考えればわかりやすかった。
コンシューマーゲームとスマホゲームを同じと考えているわけではないが、どんな形態のゲームであっても、個人の収入が跳ね上がらない限りゲームに使えるお金の上限は変わることがない。収入の中でゲームに使うお金の比率が変わることはあるが、収入自体は変わらないので、個人個人で上限が存在する。だから、僕は一つの目安として家庭用ゲーム一本の価値をスマホゲーム一本に使えるお金の基準にしている。
10連ガチャをどうしてもやりたい場合は10連ガチャ1回分を基準にする事もあるが、10連ガチャの値段も一定ではない。また、10連の価値も同じではない。
ゲームを月額制と考えるなら、やり続けるとしても、ドラクエ10や大手の動画配信サービスと比較して、毎月1000円から1500円が妥当。月額制サービスならそれでも高いぐらい。10連をやるのに4000円かかるなら、4か月に一回だけ応援の意味も込めて課金する。それ以上の課金(特にガチャへの課金)はただのギャンブルだから、ゲームとはまた別の話だと考えている。あくまでもこれは僕の考えだから一つの目安。僕よりもすごく稼いでいる人や働かなくても平気な家庭なら考え方も全然違うだろう。ガチャがギャンブルなのだと気づく前は、僕も5万ぐらい費やしてしまったことがある。でも、もうそういうことはしない。経済的に不可能だし、他にも欲しいものがある。

ギャンブル依存疑い、推計70万人 賭け金の平均は…:朝日新聞デジタル

5万という金額で上記アドレスのニュース記事を思い出した。先日ギャンブル依存の疑いがある人が日本に70万人いることが厚生労働省から発表された。ニュース記事はいずれ消えてしまうことがあるので、一部引用する。

 調査は5~9月、無作為に選んだ20~74歳の1万人に実施。4685人が回答した。「ギャンブルで負けたとき、取り戻そうとして別の日にギャンブルをしたか」「やめようと思っても不可能だと感じたことがあるか」など12項目について過去1年にあったかどうか聞き、点数化して判定した。
 その結果、依存症が疑われる20~74歳の人は全国に0・8%、約70万人いると推計した。男性は1・5%、女性は0・1%。調査で依存症が疑われた人の平均年齢は46・5歳。1カ月の賭け金は平均約5・8万円で、約8割の人はパチンコ・パチスロに最もお金を使っていた。

これはパチンコパチスロ・競馬などのお金のリターンがあるギャンブルに限っての依存で、その数が70万人ということだが、おそらくスマホゲームの依存は含まれていない。実際にスマホゲームに関して大規模な調査をしたら、どのくらいの人数がソシャゲ依存状態になっているのかを想像すると、パチンコパチスロと同等、もしくはそれよりもひどい状態なのかもしれないということも、そう思いたくはないが、ありえる。
この記事で注目したのは、ギャンブルの場合の平均掛け金が、一人一月で5万8千円つかっていること。僕がハマったときも5万ぐらい使ったので、やはりガチャへの依存状態だった気がする。あくまでも僕の場合だが、普段ゲームにお金をかける毎月の金額は、通常だとゲーム1本か2本ぐらいの金額かなと思う。ゲーム機と一緒にソフトを買う場合や立て続けに良いゲームがリリースされたりすると5万ぐらい行くこともあるけどそれはかなり稀なこと。その感覚を飛び超えて、獲得できるかもわからない少し強いキャラのためだけにお金を注ぎ込みそうになったときは、他の欲しいものを思い浮かべて依存状態の精神に別の視点を与えるようにしている。

ゲームを応援するなら、課金はむしろするべき

上の項目と矛盾しているようだが、そのゲームを心から楽しんでいるなら無課金で貫こうとせず、課金はするべきだと考えている。
ずっと同じゲームを利用して楽しんでいるのに、無課金のままでいいとは思わない。それはレストランに入って水だけ飲み続けるようなもの。無課金を貫くことを美徳とする人もいるのかもしれないが、それは誇れることではないと思う。たくさん遊んだのだから、感謝を示すためにも、なんらかの形で対価を払う必要があると思っている。ゲームの開発にはものすごい費用が発生するという。実際にプレイしてみたら面白くなかったゲームはまずいラーメンみたいなものでお金を払いたいとは思わないけど、長く楽しめているゲームなら、作ってくれた人に感謝を示したいと思うのは当然だ。ありがとうを伝えるには、ゲーム内に限らずグッズを買うことでもいいけど、どこかでお金を払うしかない。基本無料ゲームに対する感謝の示し方としては課金が一番手っ取り早い。しかし課金ガチャについては、うーん、これに課金して果たしていいのだろうか、という場合もあるから、ちょっと困る。ガチャは応援したくないけど、ゲームとゲームの会社は応援したいという葛藤がある。

今はまだ存在しないが、ゲーム内で寄付が出来ればいいなと思う。先日開始されたというZOZOTOWNでの送料を客が自由に決めることができる新しいサービスのように、ユーザー側で金額を指定してゲーム内で寄付(支援)ができる仕組みを実装すればいいのにと思うが、多分apple storeやgoogle play storeの課金システム的に無理なのだろう(それにzozotownのは寄付じゃないけど)。課金することをお布施と言う人もいるが、ガチャとは別にお賽銭のように、ユーザー主導型で好きな金額を支援できる窓口がゲームごとにあれば、良いゲームには今と違う流れでお金が入るようになると思う。

今まで費やした時間とお金を考えるとやめられないコンコルド効果

すごくはまったソシャゲができると、やめたくてもやめられないケースがある。
今まで、こんなに時間とお金を費やしたから、やめるのは損だ、と考えてしまう場合だ。
でも、この考えはたいていの場合は間違っていて、過去から今まで費やしたものと、今から将来にわたって費やすものは、まったく別のものだ。未来は変えられる。

コンコルド効果(コンコルド錯誤)という言葉があって、計画途中の段階でもうその計画は失敗で赤字に終わるとわかっているのに、わかった段階で計画を中止せず、その勢いのままやり続けてしまうようなことに使われる言葉だが、ソシャゲにもコンコルド効果があると思う。
それは、強さを維持するプライドだったり、ここでやめたら今までの努力がゼロになるいう気持ちだったりと様々だが、大事なのは、過去の投資ではなく、今から将来を考えてベターな選択をするということ。過去は変わらないが、未来の損失が目に見えているなら避けることができる。そういう風に考えたとき、もうここでやめよう、と思えることもあった。

コンコルド効果 - Wikipedia

ソシャゲをやめたいけどやめられないと思っている場合、ゲーム依存症の治療も頭に入れておく

過去に、ゲームが生活の中心になっている場合があった。ときどき大型タイトルがリリースされたときにハマるだけでなく、日常的にそうなっているときがあった。
プロゲーマーやストリーマーを目指す人や、ゲームを作る関係者になりたいと思っているならそれでもいいだろう。しかしそういう考えがあるわけでもなく、ただ夢中でプレイして時間だけが過ぎていくこの状況はかなりやばいと思った。ゲームの中の世界は自分の人生に起きた悲しみや辛さから逃れるためには最適な世界であるが、せめてゲームを人生の優先順位を2番目ぐらいまで落としたいと思うようになった。最優先の状態が続くのはあまり良くない。

でも、それはいつか気づくかもしれない。すぐ手を伸ばせば始められるゲームの誘惑はかなり強力なので、特にどこでも遊べるスマホゲームはハマるとやめるのは難しいけど、自分の人生の成長を考えたとき、下手くそでも何か一歩ずつ確実に伸びる別のジャンルに少しでも時間をかけたほうがいいのではないか、ということが歳をとってくれば否応なしに段々わかってくる。それまではやり続けるしかないのかもしれない。時にはゲームが心のケアになるケースも聞いたことがあるし、そういうときはそれでもいいけど、段々ゲームをする時間を少なくしたいと思うようになってくることがあった。

もしもゲームを引退したいのにどうしてもできなかったり、ゲーム引退後、メンタルおかしくなったりしたら、恥を捨てて外来へ行くのもいいと思う。僕はゲームを邪魔されると非常に攻撃的な感情が湧き上がることもあった。この状態はかなり危険だと自分でも思った。

中国では、ゲーム依存症に陥った人を軍隊式の教育で立て直す施設が何か所もあるという(それはさすがに嫌だし行きたくないが)。韓国では、ネットゲームから子供を守る仕組みが進んでいて、ゲームやネット依存専門の病院もたくさんある。そんな特集をNHKのBSでやっていた。

NHKドキュメンタリー - ドキュメンタリーWAVE▽子どもたちのリアルを取り戻せ韓国ネット依存治療最前線

しかし、日本はどうだろう?子供をゲーム依存から守る施設がほとんどないし、そういう法律も聞いたことがない。番組を見たのは1年前だが、それから何か日本も対策に取り組んだという話を聞いたことがない。駅でスマホゲーム依存症の治療に関する看板をまだ見たことがない。治療施設は今のところ神奈川県横須賀市の久里浜医療センターしか僕は知らない(少し古い情報しか知らないから、今はもっとあるのかも?)。もっと行きやすい近くに施設があればいいんだけどな。心療内科とか、ゲーム専門でやってくれるところがもっと増えて大人でも気楽に行けるようになったらいいのに。行きやすくなれば、たくさんの人が行くと思う。専門家に自分の状況を聞いてもらって、意見をもらうだけでもかなり心持ちが変わるはず。

www.kurihama-med.jp

過去に、韓国では子供や青少年をゲームから守るため、オンラインゲームの深夜0時から6時まで接続禁止にする法律を作った。通称シャットダウン制。これを知ったのは数年前だが、現在はどうなってるのだろう?子供をゲーム依存から守ろうとする姿勢は感じる。

最近だと、中国の超巨大企業テンセントが、ゲームから若者を守るためにプレー時間の制限に乗り出したというニュースもあった。しかも自社の一番ヒットしているゲームでそれを行うというのだからすごい意気込みだ。大企業が進んで子供を守ろうとしているのだ。日本はどうだろうか。悪い大人から子供を守るフィルタリング的な仕組みはあっても、ゲーム自体の没頭から守る仕組みや試みが行われるような話は、僕はまだ聞いたことがない。

中国テンセント、子供のゲーム依存問題でプレー時間制限へ | ロイター

上記のような、インターネット・ゲーム依存症についての話の一部は、この本が参考になった。
本の内容について、ネット上の感想では、強引にゲームと麻薬を結び付けているなど賛否両論あるが、ひとつの参考にはなった。

ソシャゲが続けられるかどうかの分かれ道

上記に挙げた仕組みは、好きか嫌いかは別にして、プレイし続ければいつかは気づく。ゲームの仕組み、お金儲けの仕組み、そういったものに気づいた後、まだそのゲームをプレイしたいと思うかどうかが、本当にそのゲームが面白いかどうかの分かれ道だ。

面白いゲームの例を挙げると、家庭用ゲームになってしまうが、PS4のゲームでファンタジックFPSのオーバーウォッチ。仕組みを理解した上でも、やりたくてしょうがない。素晴らしいゲームだ。もちろんaimbotや暴言など萎える要素はあるけどね。そしてドラクエ11。ソフトを買えば良質な冒険が約束されたも同然だ(まだ序盤しかやってないけどね)。一度買えば、自分の今後の出費を心配する必要はないし、限界まで強くなれる。満足いくまでずっと続けたくなるゲームというのはそういうゲームだ。
では、スマホのソシャゲはどうだろうか。ゲームの仕組みに気づいたとき、やめたくなるだろうか。続けたくなるだろうか。僕は最後まで続けたいと思うゲームが今のところあまりなかった。

どういうソシャゲなら僕は続けられるのか

逆に考えてみよう。今まで書いたもの全てがやめるきっかけになったとして、これらを取り除いた状態で面白いゲームとはどういうものなのか。

・課金ガチャによる限界突破なし
・ガチャのキャラ被りなし。毎回違うのが出る
・同じ場所周回での無駄なレベル上げなし
・ストーリーを読むだけでも感動する
・属性ダメージや弱点は、コツでクリアできる
・二重ガチャなし
・キャラのレア度なし
・協力プレイあり
・対人なし(強さにP2W型課金ガチャがないなら対人歓迎)
・ランキング戦なし
・月額定額課金制でもいい

いろんなジャンルのゲームを混ぜて書いているので、わけがわからない面もあるがこんな感じになった。僕が今回萎えた項目はほぼゲームの内容ではないわけで、マリオがジャンプするとか敵を踏みつけるとか、今回書いていないゲームのメインの方の内容が面白いかどうかがもちろん重要。そのゲーム部分を課金ガチャシステムで台無しにしない方がいい。

ガチャは実装しないのが一番いいが、実装するなら被り一切なしで、一度排出したキャラは二度と出ない方がいい。そもそも、同じキャラが何度も異空間から出現、召喚されるのは話がおかしい。こいつなんで何回も出てきてんだ、ギャグなのか?と思うのが普通である。辻褄が合わない。英雄キャラのはずが見た目からしてモブを出すのもおかしい。つまり、同キャラが出ないということは、ガチャのコンプリートにも上限を設けるということ。毎回必ず違うキャラが出ることが約束されていることが大事。ガチャに子供達でも手の届く範囲で課金上限が存在するなら、そこで初めて対人戦やランキング戦が意味を持つ。ランキング戦にしても、時間を費やした人だけが優勝するような不毛なシステムにするのではなく、オーバーウォッチみたいなテクニックでのレート付けが望ましい。対人戦を面白くしたい場合、絶対にやってはいけないのが、課金額で強さが決まることだ。

不毛な時間を浪費するだけの連続周回をするくらいなら1日1回〇×クイズをやって正解したらレベルが上がる方がまだまし(ゲーム性が変わってしまうけど、時間の無駄は省けるし、少しだけ知識が増える)。又は、レベル上げをしないでも、朝起きたらレベルが1つ上がってるほうがまし。素材集めもつらいだけだ。どれだけ面白くない時間を費やせばいいのだろうといつも思う。

面白くない周回を我慢することでレベルが上がる仕組みは、忍耐を美徳する古い気質を持ち、奨んで耐え忍べばいつか幸せになれると考えるような一部の日本人にしか理解されないから、世界では決してヒットしないと思う。我慢することは、はっきり言って面白くないことだから。

やめやすいゲーム、というのも大事だと思う。いつでもあと腐れなく、今日でもうこのゲームやめた、と言えるような。

結局、みんなから愛されつつ、キリの良いところまでやって満足できるゲームというのは、PS4などのコンシューマーゲームみたいな買い切り型か、ドラクエ10のような月額制なのだと思う。それに加えて、あくまでもおまけ要素として、オーバーウォッチのようなアバターガチャがあるならいいと思うが、楽しみのメインが課金ガチャになっているなら、それはゲームとしてそもそも始まってもいない。ただのギャンブルである。ソシャゲをやめるとき、後悔が大きなウェートを占めるような後味の悪さは、買い切り型にはないものだ。まあ買い切り型はすぐやらなくなって失敗したってこともあるけど、損害は少ない。

買い切り型 + おまけ要素ガチャ
月額制 + おまけ要素ガチャ

というような2段階課金の形が様々な懐事情に対応できてより多くの人が楽しめる形であると言えるかもしれない。それに加え、メーカー側で、若年層は時間によるログイン制限をかけた方が良い。月額制は、韓国系ゲームによくあるVIP優遇システムではなく、ドラクエ10タイプのようにお金を払ったらゲームの全てを開放できることが必須。月額制に敷居の高さが存在するなら、無料体験期間や無料時間を設けることも出来る。買い切り型プラスおまけガチャは現状はスマホゲーだと厳しいかもしれない。課金ガチャには大金を払うのに数百円の有料アプリランキングは見向きもせず、まず無料ゲームをダウンロードしてして様子をみる形が定着してしまった。基本無料ゲームはペアレンタルコントロール下に管理されている若年層でもお金がかからないのでインストールしてしやすい。買い切り型でガチャがあるゲームはPCやPS4で言えばオーバーウォッチやPUBGなどが良い例。

基本無料 → ゲームを気に入った人だけ月額制加入でゲームシステム完全解放で強くなるガチャなし + おまけ要素ガチャ 

のように推移するなど、仕組みもいろいろ考える余地はある。でもこれもVIP優遇システムと大差ないように見えるかもしれない。
理想論で言えば、

基本無料 + 寄付(ドネーション) + 強さに直結しないおまけ要素ガチャ

これが理想かな。日本は宗教観からか寄付の文化が根付いていないと言われていて、Wikipediaなどのサービスを常用しているのに1円も寄付しない人が大人でも存在するから、実際にゲームにリターンなしの無条件でお金を払う人がいるのかどうかはやってみないとわからなくて、なかなか難しいかもしれないが、良いサービスに自然にお金が流れる最良の方法は寄付であるように思うから、寄付窓口がゲーム内にできればいい。よくTwitchなどで直近のドネーションやチアー(応援用通貨のようなもの)の高額ランキングを画面に表示している人がいるけど、あれは結構面白くて、寄付した人の充実感も高められるのかも。まあ表示させると目的が変わってしまうから、その辺は任意表示を選べる方がいいな。

僕は自分が好きなゲームメーカーもいくつかあって応援したいと思うが、いかんせんガチャゲーがあまりにも多すぎて、心から応援できないような葛藤がある。本来、ゲームは良い思い出のまま終わることができるはずなのに、スマホゲーは僕の中でそうならないことを残念に思う。ゲーム内のいろんなところに引かれている不自由のボーダーを全て取り払ったニュータイプのスマホソシャゲが出てきたとき、面白いと言えるようになるのかもしれない。

もう一つ、ゲームの機能として大事なのが、ゲームの総プレイ時間をどこかに必ず表示すること。人生のどれだけの時間を費やしたのかをユーザーは知る必要がある。意図的なのか技術的なものなのかはわからないが、スマホのソシャゲのほとんどで総プレイ時間を表示する機能が付いていないので、個人的にこれは今後必須だと思う。

結論と今後のスマホゲームの未来は

ということで、僕はあまりスマホゲームにはのめりこまないようにしている。毎回大型タイトルがリリースされるたびに何時間もプレイし、ドラクエ10にも1000時間費やしたりした筆者の言葉とは思えない締めではあるが。特にPay To Winのゲームは自分の収入を考えずに課金を始めると泥沼なので、ハマりすぎないように注意している。強さを課金で買うシステムはそれだけ引退するきっかけも沢山あるから目も覚めやすいのが特徴でもある。逆にその部分をクリアしたゲームが今後出てくるとハマってしまうかもしれないのが恐ろしいところ。

上記に挙げ連ねたような引退のきっかけになりえるシステムが含まれているスマホゲームが日本にはとても多い。僕はゲーム大好き人間なので有名なゲームは一応プレイするが、しばらくプレイした後、やっぱりこういう感じか、と思ってため息をつきながら見切りをつけてやめることが多い。どうしても応援したいゲームがあるときは続けるが、心の中では飽きていて、何か他の新しいゲームないかな、と思っている。課金額でも累計プレイ時間でもない面で競い合うようなゲームや、深いストーリーのあるゲームをいつも待ち望んでいる。
僕はスマホゲームのファンだが、どんな風にゲームを応援したらいいのだろうかということは時々思う。このガチャだらけの状況は今後も続くのだろうか。嫌でも課金ガチャにお布施していけば、あるとき突然変異的に強さと直結するガチャとは全く違うゲームの課金形態が生まれるのだろうか。それとも、ゲーム会社がネット上の寄付で成り立つような仕組みができればいいのだろうか。僕にはわからない。でも、お金持ちもあんまりお金がない人も、幅広い層が楽しめるゲームの方がいいに決まってる。

僕は時々自分に問う。課金して手に入れた強さで他のプレイヤーを下に見てしまったりしていないだろうか?逆に、上に見てしまったりしていないだろうか?それが好きな人もいるだろうけど、僕には課金で上下関係が決まるようなゲームの仕組みは根本的に面白くないと思っている。
僕はゲームを作ったことがないので、僕の考えが至らない面で色々なこともあると思うがソシャゲについて思ったことを書いた。簡単に言えば、強さを買うゲームはもういやだということだ。こう思っているのはきっと僕だけではないはずだ。実際、ガチャへの不満もSNSで目にする事もよくある。課金ガチャだらけのスマホゲームを見て、なんでこうなってしまったんだろうと思っている。変わる時期にきているのかもしれない。そこから脱却しようという想いからか、ガチャをあえて実装しないスマホゲームもちらほら出てきている。ゲームを生み出す人達は、きっとより多くの人を楽しませることを第一に思っているはずなので、そういった人たちが今後素晴らしいスマホゲームを作ってくれることに期待している。今後リリースされるゲームには、「Pay to Winはもう時代遅れだ!このゲームを見てくれ!」というような明確なコンセプトを打ち出すスマホゲームがたくさん出てきてくれることを期待している。そんなことを思いながら、僕はまたスマホに新しいゲームをダウンロードする。