感想みかん

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同じ本を何度も読むことで身につく知識を手に入れたいが2回目以降は絶望感が漂う


一冊の本の知識をしっかり身につけてから次の本を読むようにできたら知識の世界は積みあがるようにどんどん広がって行くに違いない。それはなんとなくわかるのだが、僕はいくら本を読もうが大して知識が身についていない気がする。様々な分野の本を読んでいつまでも初心者エリアを行ったり来たりしている。その原因はわかっている。同じ本をもう一度読まないからである。

かつて本を月100冊読むという人と一緒に働いたことがあるが、話を聞いても本を全く読んでない人と内容がさほど変わらなかった。カタカナ語知識をひけらかすように羅列するような人になるよりはその方がマシだが、本から得たような知識の深さも感じなかった。きっと読み急いで何も入っていないのだろうと思った。
僕はその人を否定できない。僕も同じだから。本を1冊読んでも1行覚えていればいい方というレベルだ。岡本太郎が、本は血肉になるから忘れたっていいんだというような趣旨の発言をしていたような、僕にとって都合が良い解釈で読み進めて忘れることを繰り返してきた。

人は忘れるのが当たり前であり記憶を定着させるには繰り返すことが必要だと言うのは一般的にも経験としてもわかっている。それでも読み終わった本は放り投げて次の新しい本を読む。そっちの方が明らかに楽しいから。同じ本を何度も読むことが苦痛でしょうがない。もう一度読まなくては、などと構えると絶望感さえある。時間が勿体無いなどと思いはじめる。感想などを書くときは2度3度と読まざるを得ないから読むけど、義務化するとまあつらい。面白くない。

楽しければ1度で読み捨てでいいじゃんというスタンスもありだが、それでもやっぱり2度読まなくてはと思ったのは、僕の様々な基礎知識がいつまでも荒地のままだからである。基礎が書かれた本とそれ以外の本は分ける必要があるのだと今更気付く。基礎の部分の本はやはり何度も読まなくてはいけないものだ。本の分別が出来ていないから血肉になってない感じがするんじゃないかと。断片的な知識がちらかっている感じをどうにかしたい。

というわけで『基礎本』という位置付けで自分の中で何度も読み返すと決めた本を定期的に作ろうかなとおもう。人によってはそういう本をバイブルと言うんだろうか。まあでも、やっぱり試験勉強的な繰り返しは性格的に向いてないから何度も同じ本を読むのはつらいなぁ。